シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

もういいことはないと思った方がいいのかもしれない

あまりにも毎日ろくでもないことばかり
起こるので、思わずそんなタイトルに
してしまいました。
ここで恨み言を書き連ねてもいいのですが
一応子育てブログなので子どものことを。

先週末、久しぶりに
激しめの喘息の症状が出てしまったきなこ、
結局翌日から丸一週間幼稚園を休みました。
金曜ぐらいにはある程度症状も落ち着いて
来ていたので、去年くらいだったら
恐らく連れて行ってしまったのでしょうが、
まだまだ本人の気持ち的にも行く気になれず
せめて完全に治まってから改めて話をしよう
かなと思っていた矢先の、今日のこと。
まさかの38℃の熱を出しました。

子ども達は月曜に小児科に行って以来
外に出ていません。
親二人はもちろん外との接触はありましたが、
現時点で特に風邪の自覚症状は無し。
となると、いったいどこからもらってきたの
かと考えてみたところ、唯一の可能性は
前日、ヒビが入ってしまった家の窓ガラスを
交換しに業者さんが来てくれた、
その人達からぐらいしか思いつきません。
わずか30分間程度の滞在時間で、かつ本人は
一週間前の風邪がようやく治ってきた所で、
そこでピンポイントで感染するとか
どんだけだよという気持ちです。

実は朝起きてから様子がおかしかったのに
こちらもそんなまさかという気持ちがあり、
咳も落ち着いたし週明けからまた幼稚園に
行く可能性を考えて今日あたりは少しでも
外に出ておいた方がいいだろう…と、
この寒い中に連れ出してしまいました。
結局途中で本人が帰りたがったので
切り上げて帰ってきてそのまま横になり
少し休んで熱測ってみたら38.0℃です。
この外出が症状を悪化させてたらと思うと
悔やんでも悔やみ切れません。
恐らく幼稚園への復帰は
もう少し先になると思います。

一方のあんこ、同じ外出に同行し
いつもながらのノンストップぶりで
何だかんだときなこの世話を焼いている間も
常時どこかへ行こうとする、こちらの制止も
いくら体を抑え込んでもスルリと抜け出して
脱走しようとするのの連続で、
たった2時間弱の外出だけで
ボロボロになりました。
これだけ一切こちらの言うことを無視される
というかこちらの意志に真っ向から抵抗を
され続けると、本当に精神に来ますね。
今のところ本人に姉の風邪がうつった様子は
ないですが、こちらもこちらで気を遣わなきゃ
いけないので明日からまた一人で
昼間の2人の相手をしなきゃいけない妻の
心労を思うといたたまれない気持ちです。

ああもうほんとにせめて何かいいことないんか

健康診断からの

今週きなこは、来春から通う小学校で
入学前の健康診断がありました。
仕事は休みにしていたので妻とどっちが
ついて行ってもよかったのですが、
本人の希望により一緒に行ってきました。

今週は月曜こそずいぶん渋ったものの
何とか毎日休まず幼稚園に行けていて、
この日も早めの時間に迎えに行くまで
大変ご機嫌だったし、健診自体も
相当楽しみにしているようでした。
いざ行ってみるとかなりの行列で、
でもその中には幼稚園のクラスメートが
ちらほら見受けられ、みんな来年は
一緒にこの学校に通うだということも
わかって、本人的にも安心だったのでは
ないかと思います。

2時間近くかかって全部が済んで、
でもまだもの足りなかったのか
この日は風が強く冷たい気候でしたが
校庭の遊具でずいぶん遊んでから帰りました。
健診の結果も何も問題なしだったし、
よほど今日のことが楽しかったのか
早く学校に行きたい、今度の休みには
ランドセル買おうと息巻くきなこ。
こちらとしてもイベントが一つ済んで一安心、
となっていたこの日の夜のことでした。

寝付いた後くらいから、度々うなされる声が。
結局この日は朝起きるまで何度もうなされ、
起きた途端にくしゃみを連発、鼻ダラダラ。
もう完全に健康診断でもらってきた感じです。
思えば風邪を引くのもずいぶん久し振りな
気がします。

せっかくいいペースで登園できていた中
でしたが、前日のうなされ具合を見て
ここで無理をさせると確実に悪化すると
大事をとって幼稚園は休みに。
次の日もくしゃみ鼻水に加えて咳が出始め、
寝ている間の呼吸音がかなり怪しいので
やっぱり休ませ。

そんな中、今日になって急激に症状が悪化。
咳が止まらなくなって「吐きそう」と。
折しも日曜で病院はやっていないので、
何とか市販の咳止めシロップでしのぎました。
明日も通院、幼稚園も休みになると思います。
せっかく本人が前向きになってたのにな。
健康診断め…

予定通りいかない

先週ようやく幼稚園に行けるようになった
きなこでしたが、この一週間の間に
園の休みや祝日が挟まったことがきっかけで
再び行けなくなりました。

そんなにスムーズにいかないだろうとは
もともと覚悟していたつもりでしたが、
前日の夜には「明日頑張るよ」だったのが
朝になったら「やっぱり今日行きたくない」に
変わっていたりすると、こちらもそれなりに
連れて行くつもりで段取りしてたりするので
やっぱりしんどいですね。

それが2回続いたときにはさすがにこちらも
どうにか話して心変わりを期待したのですが、
全く取り合わず徒労感だけが残りました。
本人だって前の日までは何とか行けるかなと
思っていたのが当日になってみたら
やっぱり無理だった、なんてことは
実際に起こり得ることなんだろうというのは
わかっているのですが、いくらわかってたって
しんどいものはしんどいんだから
そればっかりはしょうがありません。

加えてこの一週間は、インフルエンザの
予防接種を予定に組み込んでいたら
直前になってあんこが風邪を引いたり、
12月の一時預かりを予約しようとしたら
前の日に埋まってしまっていたり、
ここのところそんなことばかりが続いたので
せめて最後の食事くらいはちょっとでも
ごちそうを…と、ひいきのお好み焼き屋さんに
持ち帰りの注文をしようとしたら
今日はお店が混んでて受け付けられないと…。
あまりにも予定通りにいかないことが連発して
精神的にかなり疲労する日々になりました。
ずっと夫婦で「何かいいことないかねぇ」と
言い合っていたような気がします。

明日からまた平日が始まりますが、
ようやく気候も安定してきそうだしきなこも
今度こそ行けそうだとのことだったので、
またひっくり返される可能性はありつつも
そのつもりで用意をしようと思います。

ほんとに、何かいいことないかねぇ…

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連休中、家族に半日休みをもらって献血に。
あまりにもいい天気だったので
お昼はデパートの屋上で食べました。

「自立とは、依存先を増やすこと」

タイトルは、熊谷晋一郎さんという方の
言葉からの引用です。

自立は、依存先を増やすこと 希望は、絶望を分かち合うこと | 東京都人権啓発センター

自立は依存の反対語と思われているけれど、
実際は何にも依存していない人なんていなくて
むしろそれが沢山あるがゆえに
一つ一つを意識しなくても済んでいる状態が、
つまり自立であると。

それを受けて、先日自分の中で考えたことを
図にまとめてみました。
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人は、生まれたばかりの時点では何もできず
目の前の養育者(大抵の場合は親)に
全てを任せている状態です。
つまりその時、依存先は一つだけと言えます。
それがやがて成長するに従って
実際に自分でできることが増えるだけでなく、
周りの世界の広さも見えるようになってきて
「こんな時はどこに頼ったらいいのか」
という選択肢がどんどん増えていきます。
そうやって依存先を増やしていって、
どんな事態でも困ることなく解決できる
状態になることが、つまり自立なのだと。

上の記事の中で熊谷さんは障害者のこととして
話していらっしゃいましたが、
子どもが成長して自立していく過程にも
同じことが当てはまるのではないかと
考えたのでした。

十分に依存先の数が増やせている場合、
一つ一つの依存先とのつながりは
さほど強いものにはなりません。
「こちらがダメならこちらで」という状態を
作れるので、自立した人間というのは
それだけ個として自由であるとも言えます。
一方で依存先の選択肢が少ない状態では、
必然的につながりが濃くならざるを得ない。
そこから離れては生きていけないという
思いがあると、たとえその関係性が
あまりよいものでなかったとしても、
なかなか自分から断ち切るというのは
難しいことなのだろうと思います。

またそういった過剰に濃いつながりの中では
力関係によって「支配・被支配」の状態が
作られやすくなるだろうし、相手側もまた
そのつながりに依存しているような場合、
何とかその関係性を維持しようと考えるあまり
相手に選択肢を与えず、自立を妨げる方向に
働いてしまうことがあるのであろうと。
それがつまり、親による「過干渉」のような
パターンなのではないかと思います。

そして、先日の日記でも触れた「所属」のことも、
これと同じ話のような気がします。
少ない選択肢の中でつながりが濃くなると
どんな理不尽な扱いも受け入れざるを得ない、
何とかそこに属している状態を維持するために
自分自身を押し殺してでもしがみつく、
という状態が発生してしまうのだと思います。

ちなみに、依存先というのはたとえば
ストレスへの対処のような場合にも必要で、
その人が受けたストレスを解消しようとして
誰かに八つ当たりしてしまう、という時も
結局はその相手の存在に依存していると
言えるのではないかと思われます。
やたらと周りに対して攻撃的な子を見たら、
その子ども自身が受けているストレスが
周囲の誰かにぶつけないといられないほど
大きい状態になってしまっている、
という可能性をまずは考えた方がいいの
かもしれません。

そしてさらに、依存先には「自分自身」も
含まれるのだろうと考えました。
上のストレスへの対処のことで言えば、
他人にぶつけて処理するのではなく
自分の中で解消できる方法を身につけている
というのは、誰の力も借りることなく
生きていけるということで、恐らく一般的な
「自立」のイメージに近いものでしょう。
またその人自身に備わっている自己肯定感が、
外的要因に左右されないという理由で
大きな依存先の一つになる場合も
あるかもしれません。

ただ、それが「我慢強さ」や「根性」のような
ものになってしまった場合、それは決して
無尽蔵に湧いて出るものではないし、
むしろ命を削って無理矢理生み出すような
種類のものなので、そこに依存するのは
かなり注意が必要な気がします。
いずれにしても、自分自身を依存先にするのは
誰もが陥る可能性のある不測の事態
(つまりは体や心の不調など)
に対処ができなくなるので、やはり他にも
たくさん選択肢を用意できた中の一つくらいに
とどめておくのが良いのだろうと思われます。

長々と書いてきましたが、
私達が子どもを育てていく上で
もし何かゴールがあるとするならば、
それはつまり子どもが自立すること、
それを身近な存在としてサポートすることに
あるのだろうと思います。
もちろん本人が依存先をたくさん見つけだして
安定した状態を作れるのが一番ですが、
そのためのヒントを提供したり、彼らがそれを
見つけやすいように道筋を示すことなどは
先輩として手を貸してあげられることのような
気がします。

ただでさえ子どもたちは、はじめのうち
ごく狭い世界しか知りません。
そんな彼らが家にも学校にも幼稚園にも
安心できる居場所がないとか、
逃げ場のないまま今の関係にすがるしかない
というような状況を作らせないように、私達は
気を配るべきなのではないかと思っています。

もちろんそれは、親だけが頑張って
できるようなことでもありません。
むしろそれより外側から差し伸べられる手、
つまりは社会全体が子どもの依存先を
増やしてあげて、自立を促してあげるような
働きかけこそが必要なのだろうと思います。

親の呪縛

きなこが一週間休まずに幼稚園に行けました。

先週の金曜日に1分だけだった登園時間が、
月曜には1時間弱、火曜に2時間となり、
水曜からはお弁当もはさんで
フルで行っていられるようになりました。
ちょうど遠足やいもほりなどの楽しい行事が
立て続く週でもあったことが幸いしたのか、
本人も再び「行きたくない」とはならずに
一週間を乗り切ることができました。

正直我々も、行きつ戻りつくらいな感じで
また休む日もあるかなあと思っていたので
少し驚いていますが、木曜の登園中に本人が
「今日は体操着じゃないしお弁当だから…」と
つぶやいていたりしていたので、きなこ自身も
自分に言い聞かせながらの一週間だったの
かもしれません。
明日も行くつもりはありそうな様子でしたが、
今後も含めて行くことを決して当たり前だとは
思わないように、いつでも休む心構えを持って
様子を見ていきたいと思います。


「病気でもないなら学校に行きなさい」
「出されたものは全部食べなさい」
「ちゃんと毎日お風呂に入りなさい」
さて突然ですがこれ、僕が子どもの頃に
親から言われてきたことです。
これらの言いつけを守るのが当然とされていて
逆らうという発想もなかったし、とはいえ
一時期あまりに学校に行きたくなさすぎて
「じゃあもう風邪を引くしかない!」と
毎日お腹を出して寝てみたものの
結局少し便秘っぽくなっただけで終わった、
という思い出があります。

特に厳しい家でもなかったので、割とどこでも
こんな風に言われてたんじゃないかと思うし、
それこそ僕は笑い話で済ませられているけれど
全然それどころじゃない家庭もあったん
だろうと思います。

そして大人になった今なら、
そんな親の言いつけを何が何でも守らなきゃ
いけないなんてこともないし、
子どもの人権という点で見た時に
正当性もないことだとわかるのですが、
当時はやっぱりそれが絶対的なルールだと
思って生きていたはずなんです。

そして、その時に身に付けた感覚は、
いくら理屈で「こんなのおかしいよ」と
頭の中で否定できても、やっぱりどこか
体の中に染みついていて、ふとした時に
出てしまうことがあるようです。
昨日もそのことできなこと喧嘩になって
しまいました。
彼女にとっての「ご飯を残すこと」は、
僕のそれとは全くハードルが違うのです。
そのことはわかっていたようで、それ以上に
自分の中に呪縛のように残っている感覚に
改めて気づかされた出来事でした。

つまり、まだ広い世界を知らない段階で、
最も身近で頼っている「親」という存在から
一番最初に身に付けさせられる「ルール」が
その人を一生縛り付けるものになるという、
その可能性を僕らは自覚しなきゃいけないん
じゃないかと思うのです。
この国はそういうことを家庭に丸投げして
「勝手に育てろ」とばかりに
放り出してしまっていますが、
それこそ家庭教育がどれだけ不安定なものか、
どれだけ各家庭によってバラつきが出て
しまうものかを考えてみたら、そんなことで
済ませていいはずがないだろうというのが
実際やってみての実感です。

たとえば昔から何となく言われてきた
「抱きグセがつく」は今では否定されて
その認識も広まりつつありますが、同様に
「学校は休んじゃいけない」
「ご飯は残しちゃいけない」
それらの言葉にどれだけ合理性があって、
どれだけ子どもの権利を守れている
ものなのか、一つ一つ社会として検証して
認識のブラッシュアップをしていくことが
求められているんじゃないかと思います。

そしてそれが各家庭まで降りていくのには
時間がかかると考えて、家庭の外にそれを
サポートするものがあるべきだと思うし、
本来その役目をするのが学校みたいな場
だったりするんじゃないかと考えると、
この国の学校が子どもに日々やらかして
いること、この国の大人達が学校を使って
子ども達に植え付けていることは、
本当に言語道断だという気がします。

変化

選挙が終わりました。
今までも戦ってきましたし、
これからも戦っていくということでは
何も変わりません。
これ以上私たちの生活を悪くされないように
今後も政権を監視し続けていこうと思います。

先週、きなこが幼稚園に行けました。
気づけば行けなくなってから、
すでに1ヶ月以上が経過していました。

前日の夕方に母親と連れだって園に行き、
次の日はちょっとの時間でも行ってみると
本人が先生に約束しました。
妻に聞いた限り、そう言わざるを得ないような
雰囲気を先生が作っていたのでは…と
危惧していましたが、実際その夜の
寝る前になってメソメソと泣き出してしまい、
2人で抱き合ってしばらくなだめて、
「面白い話して」と言われたので
何とか笑わせて寝てもらいました。

そして当日、朝これまで行っていたのと
同じ時間に家を出て、幼稚園に行き、
教室まで行ってみんなに顔を見せて
帰ってきました。滞在時間、1分。
それでも本人にとっては高くなってしまった
心のハードルを乗り越えるのに
十分な効果があったようです。
帰り際に先生から「次はもうちょっと
長い時間いてほしいな」と言われたそうで、
その通りにしてみると話してくれました。

そして明日がその日。
「もうちょっと長い時間」をどうするか、
聞いてみたら「30分」という答えが返って
きましたが、まずはそれで十分だと思います。
寝る時も先週のような感じはなく普段通りに
スッと寝られたので、これから先どうなるか、
どんどん行ける時間が延びていくのか
はたまた再び行けなくなってしまうのか
全く読めない状況ではありますが、
見守っていきたいと思います。

姉妹の差

ここ最近は、きなこの幼稚園問題で
触れる機会が少なくなってしまって
いましたが、あんこは毎日すくすくと
成長しています。

言葉は相変わらずゆっくりではあるものの
単語レベルでは日々増えてきていて、
特に僕らが言ったことやテレビから聞こえて
きたものをその場で真似することも
多くやるようになってきました。
もともと動きに関しては、得意分野なのか
言葉以上によく真似をしていたので、
この前もきなことやっていた「あっぷっぷ」を
一緒になってやろうとしたり、今日は今日で
ひっくり返って「ズコーッ」と2人でやって
遊んでたら、これまた仲間に入ってきて
楽しそうに真似してました。

他にも、ウンチをした後トイレトレーニングの
意味も含めてトイレに連れて行ってから
そこでオムツ替えをしてあげたら、
次のウンチの際は自分からトイレに
手を引いて連れて行って、「さあ替えろ」と
言わんばかりに自分から率先して準備したり。
もっともそれは、普段入らせてもらえない
あの部屋にウンコすれば入れる!という
算段があったようでしたが。

そんな感じで得意不得意があるのか
順番は早かったり遅かったりしつつも、
順調にできることが増えているあんこ。
言葉がどんどん出だすのも時間の問題かも
しれません。

ちなみに先日たまたま出てきた
昔撮ったきなこの映像を見ていたら、
見た目や言葉の感じでは今のあんことは
半年ぐらいの差があるように感じました。
恐らくはきなこの方がよほど早いうちから
言葉が出ていたんだろうと思うのですが、
あんこももう半年もしたら相当ペラペラに
なっているような予感がします。
そしてそれを夫婦で見ていた時に
ふと出てきたのが、2人が生まれた
タイミングのこと。
きなこは当初の予定日より9日遅れての誕生、
それに対してあんこは予定日よりも
11日早い誕生でした。
2人の間には20日の開きがあり、
それだけお腹の中にいた時間に差があった
ということになります。

もちろん、一番の違いは個人差だということは
わかっているつもりなんですが、
お腹の中で育って出てくるタイミングが
姉よりも早かったから、その分生まれた後に
ちょっと時間がかかってるだけ、と考えると
それだけ「じゃあしょうがないよね」となって
我々の気持ちが少し軽くなるので、
信憑性はないもののそういうことにしようかな
ぐらいの気にはなっています。

いずれにしてももちろん本人のペースで
育っていってくれればいいし、
それに合わせられるように我々の方が対処して
いければいいのかな、と思っています。

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一人で傘を持つのも確か初めてだった今日、
テンションが上がりすぎてちっとも前に
進まなくなってしまったので、
途中で目的地に着くことは諦めました。