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シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

菌にまみれても

昨日、初めてあげたミルク。
その扱い方に関して、何だかモヤモヤした気持ちに
なったので、書いておこうと思います。

ミルク用の哺乳瓶はあらかじめ消毒、乳首も消毒。
素手で触ると雑菌が付くからダメ。
溶かすお湯は70℃以上でないとダメ。
飲ませる温度は40℃にしてあげないとダメ。
…一体どこまで気を遣わなきゃいけないのかと。

我々は、無菌状態の中で純粋培養か何かを
しようとでもしているのでしょうか。
とにかく良くないとされるものはすべて排除して、
「これが良い」というものばかりに
漬け込んで育てるのが今時の子育てなのだとしたら、
はたしてそれで子ども自身は幸せなのだろうか?と
なんだか納得がいかない気持ちになったのでした。
本当に人間は、そんなに弱い生き物なのでしょうか。

もともと猫を飼っていて、床を平気でなめたり
お尻を自分の舌でキレイにする姿を見ているので、
そことのギャップを余計に強く感じてしまうのかも
しれませんが、あまりリスクだリスクだと言われると
公園の使い方をルールでしばって、結果的に
子どもから遊び場をうばってしまった時代の流れと
同じものを感じます。
いわば子どもが危険なもの・避けるべきものに
接するという「チャンス」を奪ってきた流れです。
雑菌に関しても、それらに触れて打ち勝つこと、
将来それらに晒されても負けない体を作ることの
「チャンス」が奪われている、と思うのです。

そもそも、そのリスクを回避したいというのも
親の側の論理にしか過ぎなくて、決して子ども自身が
望んでいることではないんだろうと思います。
子どもの心理としても、「あれはダメ、これはダメ」
とあれこれ細かく制約されるよりも
「これだけは絶対ダメ」というラインを一本だけ
引いてもらって、その中のことなら全部OK!
としてもらった方がどんなに気が楽かしれません。
世の中が怖いものだらけだとビクビクしながら
結果「何もなくて良かった…」で終わる一生と、
リスクのことなんか気にしないで、結果ケガしたり
病気になったりもしたけど目一杯楽しんだ一生と。
どちらが本人にとって幸せか、ということなんです。
もちろんそのことは、何度も言うように
子ども自身が選べるのが一番いいのですが、
それができないうちは親が代わりに道を作って
あげるしかありません。
それでもその判断が、本人にとって正しいかどうかを
常に問い掛けて、自分は「代理人」だという意識で
行動するように心掛けた方が良いのではと思います。

こういう論理を大きな声で展開すると、きっと
眉をひそめる方もいるでしょうし、それこそ
「じゃあ何かあった時に、お前は責任が取れるのか」
という声が親類縁者から上がってくるのでしょうが、
そうなるともう一体誰のために
子どもを育てているのかわからなくなってきますね。
そんな周りの声に怯えて事なかれ主義になり、
リスクを回避して子どもを育てることの方がよっぽど
責任から逃げているし、何よりそんな姿勢で
子どもを幸せにできるとは到底思えないので、
ここは自分が納得するまでちゃんと突き詰めて
考えて行きたい問題だと思います。