シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

尊厳を削る場所

学校が始まって1週間が経ちました。
タイトルは、今の時点で学校という
場所に対して感じていることです。

ともかく、きなこが無事に1週間
学校に行けたことを喜びたいと思います。
月曜の朝は本人もずいぶん早く起きてきて、
穏やかながらも緊張感が漂う中で準備が進み
結果ずいぶん時間が余ってしまってからの
登校になりました。
帰ってから「楽しかった」という言葉が
出たと聞いた時は正直ほっとしたものです。

とはいえ初めてのことの連続で緊張もするし
疲れもするはずで、最初こそ気合いで何とか
していたのかもしれませんが、それも尽きた
水曜の朝には早速泣きつかれ、家族全員で
何とか支えてヘトヘトになりながら金曜まで
かろうじて辿り着いた、という感じでした。

この土日は思い切り羽を伸ばして
楽しそうにしていましたが、
明日からは給食というさらに大きな
ハードルが待ち構えているということで
予想通り夜にはずいぶん荒れていました。
できる限りのフォローはしたので、あとは
何とか本人の力で乗り越えてくれることを
祈りたいと思います。

そして、そんな本人の頑張りとは別に
やっぱりというか学校のやり方への疑問が
早速いくつも噴出し、それへの対応に
追われた一週間でもありました。
具体的に挙げ始めるときりがないので
やめておきますが、一つだけ例として
初日の夜に本人から言われた話を。

教室で体育着に着替える際、
肌着まで脱ぐよう指示されたというのです。
もちろん、クラスの生徒全員がです。
恐らくほとんどの子ども達はそのことに
別に何の抵抗も感じなかったのでしょう。
でも、そうじゃなかった子だって
きっと何人かはいたはずだと思うのです。
学校側は、そんな子どもの「みんなの前で
肌は出したくない」という思いを無視した。

それに加えて、そのことに関してこれまで
特に基準を持っていなかった子ども達に対して
「6歳程度で裸になることに恥じらいなんか
感じるはずがない」という価値観を、
大人の側が提示してしまった。
そんなことで恥ずかしいと感じる
自分の方がおかしいのじゃないか、と
子どもに思わせてしまった。

別に学校側にそんな意図はないことは
聞けばわかることだったし、向こうは向こうで
いちいち個別に対応していられない状況が
そうさせたということもわかるのですが、
そうやって子どもの気持ちを無視することに
あまりにも無自覚であることが、早1日目で
見えてしまったことは結構ショックでした。
今回たまたま本人の申告でわかったけれど、
今後こんなふうに子どもの尊厳を平気で
削るようなことが今後いくらでも起きるのか
と思うと、さすがに気が滅入ります。

学校側に明らかに人手が足りてないことも、
現場が相当に疲弊していることも、
入学式を見ただけで何となくわかりました。
「一人一人の子どもの気持ちなんて考えて
いられるか!」という状況なのでしょう。
でもそこで「先生方も大変なんだから…」と
こちらが気を遣って引いてしまったら、
結局そのしわ寄せは全て子ども達に行くし、
そうやって自分を尊重する気持ちを
育ませてもらえなかった子どもがやがて
子どもの自尊心を育めない大人になっていく、
という連鎖は止められないと思うのです。
学校に子ども達の尊厳を守れるだけの、
かつそれによって先生方が無理を
強いられなくても済むだけの体制づくりと、
それを実現するのに十分なお金が
きちんと教育に回っていく社会を目指すのは、
私達大人の側の責務だと思います。

というかそれ以前に、自分の子どもが
そうやって雑な扱いを受けることを
単純に黙っているわけにはいかないのです。
別に相手側を責めることは必要ないので、
疑問に思ったことは疑問として
きちんと表明をしていきたいと思っています。
確実にめんどくさい奴になっていくのだろうと
自覚していますが、「その感覚おかしいよ!」
という人間がいない限り
その集団の偏りは補正されないままなので、
ひとまずやれる範囲で動いてみようかな、と
思っている次第です。

もしもそれによって排除されるなら、
そんなところに行かずに済んでよかったね、
と家族で言い合うことになるかも
しれませんが。