シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

そこに所属する意味

1月の時点でほぼ結論は出ていたので
若干今さら感がなきにしもあらずですが、
きなこが幼稚園を退園しました。

ただ、最後まで「休み続ける」のではなく
きっぱり退園という方向にシフトを
切ることになったのには、いくつかの
理由がありました。
その一番大きなものは、不登園になった
ばかりの10月の頃にすでに触れていた、
「そこに所属する意味」だったような
気がします。

ただ休んでいる状態だと、あくまで所属は
その幼稚園にあるので、周囲もその前提で
きなこと我々を扱うことになります。
そのことでいろんな人に気を遣わせて
しまうことにもなっていたし、
そういう宙ぶらりんな状態であることでの
イレギュラーさが、様々な場所で
ストレスを発生させていることは事実でした。
そのことの心苦しさを払拭したいという思いは
ここ数週間でかなり強くなっていました。

そして何より、幼稚園側から見れば
ちっとも来る気配がないとはいえ
あくまで自分のところの生徒ですから、
その親も含めそういうふうに扱ってきます。
結果、(おそらく善意で)復帰を促す
ような言葉が飛んでくることになるし、
(きっと良かれと思って)子どもの将来を
不安視するようなことを言ってくることに
なるわけです。

「今ここで頑張っておかないと、
 この先もっと大変な思いをしますよ。」
こんな呪いの言葉を、何で親に対して
投げかけなければならないのか。
「もっと子どものことを考えてあげて。」
どうして我々の罪悪感を刺激して、
まるでこちらが間違っているかのように
思わせなければならないのか。
それは全て、その子どもと親が
その場所に所属しているからです。

全くの他人であれば絶対に言わないような
失礼な言葉を平気で浴びせられるのは、
相手が自分達の集団の中にいる人間だと
認識しているからです。
そこから離脱することが良くないことだと
心から信じているから、何とかそれを
思いとどまらせようとして、それ故に
そうやってこちらを脅すような言動に
なってしまうのだろうと思います。

果たしてその場所に留まりたいが為に、
そんな扱いをされることは正当なのか。
その集団に属していたいからといって、
あらゆる不条理や侮辱に耐えなければ
ならないのか。
そこへの疑問が、休み続けるのではなく
退園へと動いた大きな要因になりました。

きなこ本人とも改めて話をし、
「卒園証書」が単なる紙切れであって
そんなもんべつにいらねーという返事と、
変わらず登園の意志はないことを確認し、
退園することで了承を得ました。
正直本人にとってはもうどっちでもいい
というのが実状だと思います。
ただ何となく我々が「一応可能性を残して
おいた方がよいのではないか」と
恐れていただけだと思います。

その不安こそ、我々が向き合うべきもの
であって、子どもがわざわざそれを
背負う必要などないものなのだと思います。
園から、上の世代から、そして
社会全体から植え付けられた呪いと
これからも戦っていくことになりますが、
ひとまず今回、状況がはっきりしたことを
歓迎したいと思います。
うちの子どもは「どこにも所属してない人」に
なりましたが、
私達の生活は特に何も変わりません。