シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

壁越しの運動会

この週末、きなこの通う幼稚園では
運動会がありました。
我が家は4人で揃って見に行きました。
自転車に乗って、門の前まで行って、
5分だけ遠巻きに眺めて、帰りました。
それくらいだったらできそうだという、
きなこ自身の意志でした。

観客席の人垣の向こうに見え隠れする
クラスメイトや先生達の姿を見ながら、
「所属する」っていうのは何なんだろな
みたいなことを考えていました。
その園の生徒になった時点で、
そこのルールに従って、
先生の言うことを聞いて、
行事には必ず参加することになる。
強制ではないと言っても、やっぱり何だか
そうせざるを得ないような圧力の中に
取り込まれる。
その集団に属していない立場から見れば
何でそんなことを?というようなことでも、
中にいる限りは当たり前のものとして
受け入れさせられるような状態が
あるわけです。

それは全て、「そこに所属する」ということと
引き替えに起こっている。
もちろん何かに属することで得られるものは
たくさんあります。
実際に受けられる利益もあるだろうし、
それ以外にも目に見えない部分も含めて
安心感だったり、ステータスだったり、
色々あるのはわかります。
でもそれってほんとに釣り合ってる?とも
感じるわけです。

何かに属して、そこのルールに従って、
やれと言われたことをやっているのは
ある意味とても楽なことです。
そうじゃない道を選ぶということは
誰も入っていってない場所に分け入って
自ら道を作っていくようなものだから、
それ相応に大変なことも多いです。
孤独感も相当なものだと思います。

でもだからと言って、属することと引き替えに
どんな理不尽にも耐えなきゃいけないのか?
ということだって当然あるわけで、
あるいはきなこもそこに納得できないものを
感じたからこそ、今こうやって拒否しているの
かもしれないな、とも思っているわけです。

だとしたら、よくぞこの段階でそこに気づいて
言ってくれたとも思うし、この先も本人が
納得できない気持ちを持ったまんまで
わだかまりとして残っていけば、きっとどこか
歪みとなって出てくるような気もするので、
今のうちにこの問題にぶつかったことは
良かったのかもしれないなと思えてきました。

運動会が終わったことで、次はじゃあ
この先どうするのかの話を考えていかなきゃ
いけないとは思うのですが、やっぱり本人が
自分の中で気持ちの整理がつかないうちに
何かを強制することだけは避けたいなという
気持ちに、改めてなっています。

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全然触れられてないけれど、
あんこは毎日ずっと元気です。
元気すぎて手に負えないくらい元気です。