シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

子どもがわがままな時ほど気持ちを聞く努力を

きなこの幼稚園年中生活も今週から本格的に。
この5日間は、最近ハマっている「ぐでたま」
のムック本をご褒美として用意したのもあって
何とか休むことなく乗り越えられました。

とはいえ火曜日には門の前で「パパと離れるの
寂しい」と散々グズられたりしましたけど。
この季節、年少さんを迎えるためなのか
入口で年長さんがずらっと並んで待ち構えて
いるのですが、あの異様な光景が明らかに
入っていく子ども達にプレッシャーになるので
できたらやめてもらいたいですね。

そんなこともあった金曜の夜、仕事から帰ると
何だかずいぶん感じが悪いきなこ。
やたらわがままだし、ちょっと何か注意すると
すぐ大声で怒鳴ってきます。
聞くところによると、夕方からYouTube
好きな動画を見せろだの、TVのこの番組は
見たくないだの、わがまま放題だったよう。

何だかんだと褒められない態度や行動を
繰り返すきなこに、こちらも金曜で溜まった
仕事の疲れで余裕がないこともあって、
つい感情的になり咎めるような口調が
出てしまったりしました。
そうすれば当然売り言葉に買い言葉で
なおいっそう荒れるきなこ、という悪循環。

やがてイライラの矛先がヨメに向き、
色々と嫌がらせめいたことをしだしたので
そうするとまたヨメも怒り出す。普段から
「2人がかりになるのだけは絶対にやめよう」
と気をつけているので、この時もさすがに
このままではまずいと何とか気持ちに同調して
クールダウンをはかるも、時すでに遅し。

その後あんこをお風呂に入れている浴室に
聞こえてくるきなこの怒声。
どうやら再びヨメと何やらあった様子。
どうにか話を聞こうと脱衣所まで誘い、
「何がイヤだったの?」と聞いても
「上手く言えない!」と座り込んでしまう。
何とか手伝って風呂場まで連れてきた所で
とうとう限界だったのか、大泣き。
たっぷり20分くらい泣き続けました。

泣きながらも体を洗って湯船に浸かると、
ようやく落ち着いたのか話を聞ける状態になり
さっきのヨメへの怒りと、その前の僕への不満
それにその日一日にあったいろんなことも、
ちゃんと言葉にすることができました。
それでスッキリしたのか、後はすっかり
上機嫌になって普段通りに眠りにつきました。

正直、今回の件は反省しきりです。
この一週間、幼稚園は半日で終わるし
あんこは相変わらず睡眠が不安定だし
その相手をするヨメは体調が芳しくないしで、
ほとんど限界ギリギリの状態でした。
だからこそ僕がフォローしなきゃなのに、
感情的にきなこに怒ってる場合かと。

きなこがあれやこれやと要求してくるのも、
要は「代償行動」なんだと思います。
本当に満たしたい気持ちが満たされないから、
あれをよこせこれをくれと言ってくる。
わがままになったり問題行動が多くなるのは、
むしろそれだけストレスを抱え込んでいるから
なんだということを察知して、きちんと
気持ちを聞いてあげなきゃいけなかった。
ヨメが子ども達とベッタリでそんな余裕がない
時だからこそ、外に出ていた僕がその役目を
果たすべきだったのです。
というか、果たせる立場にいたのです。


そんなことがあったので、明けて今日は
前日のお風呂の中できなこと約束した、
少し遠くの大型遊具がたくさん置いてある
広い公園に2人で遊びに行きました。
ヨメがそんな状態で、きなこは満足に外遊びも
できていなかったので、今日は心ゆくまで
体を動かして、だいぶいろんなものを
発散してもらえたんではないかと思います。
思えばここの所、毎日夜寝る前に
やたら甘えて手を握ったりしてきたのも、
いろいろ抱え込んでいたものがあったのかも
しれないなぁ…

ところで、その公園はそれだけ設備が
充実しているので、いつ行っても親子連れで
賑わっているのですが、そういう場所だと
いつも「親御さんウォッチング」になります。
たいていどのお父さんお母さんも、とにかく
子どもに注意する役。
特に遊具の順番やちょっと危ないことなど、
ルールの徹底や注意喚起の語句が
そこらじゅうに飛び交っています。

正直、個人的な思いとしては
お母さんはある程度そうならざるを得ない
立場にいると思います。
逆にこれで子どもに好き放題やらせていたら、
周りからどんな目で見られるかわかりません。
実に残念ですが、今の日本では相変わらず
子どもの行動の責任を第一に負わされるのは
まず母親なのです。
それだけの社会的抑圧の中で、子どもが
ルールを守ることやリスクを冒さないことを
まず教え込まざるを得ないのは、
致し方ないことなのかなと思います。

一方で、父親という人達はその辺り
相当ゆるい立場を与えられています。
子どもに多少無理をさせていても、
「パパさんだから」と大甘に甘い評価を
受けられる立場にいるのです。
そして実際たいていの家庭の場合において、
子どもとの接触時間が母親より短い父親は
子どもの行動に対して、余裕を持って
接することができる心理的状況にいるのです。

だったらもう少し、子どもの気持ちを
受け止めるような接し方ができないものか。
何を率先して「やめなさい!」だの
「待ちなさい!」だの
「お友達が先でしょ!」だの
子どもを咎めるような言葉がけばかり
しているのか。
「こうするといいよ」でも
「ゆっくりでも大丈夫だよ」
「次に並ぼうね」でも何でもいいから、
ちょっと言い方を変えるだけで
相手に与える印象は全然変えられるのに。

ましてや子どもが「やだ恐い~!」と
躊躇しているところに向かって、
「何言ってんだやりなさい!」と
何の技術的なアドバイスもなければ、
子ども自身が感じている恐怖への理解もなく
根性論を押しつけるようなことを言うのか。

多くの子ども達は特に言われたことを
意に介している様子もなく楽しそうでしたが、
本当だったらもっと気持ちよく遊べたり
自分のペースで困難を乗り越えられたり
していたかもしれないのに、またそれを
させてあげられる立場にいるはずの父親達が
軒並みそういう態度で接していたのが、
全く余計なお世話ながら印象的でした。

別に他人様の子育てに口を出せるものでも
ないのですが、この国全般に染み渡っている
「子どもの自己肯定感をはぐくめない子育て」
っていうのはこういう所から出ているのかなと
何となく思ってしまうのでした。

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今日の公園の滑り台(の写真の上半分)。
緑がきれいな季節になりました。