シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

春が殺しに来てる

何だか久しぶりに日記を書いています。
この間、あんこが自力で寝返りを打ったり、
早くも人生何度目かの「お風呂イヤイヤ期」に
突入していたり、風邪を引いたり治ったり、
きなこも公園の滑り台で転んで歯を欠くという
けっこうな事件を起こしていたり、幼稚園では
「作品発表会」というこれまで作った絵などを
親が見に行くという行事があったりと、
何だかんだいろいろありました。

それをここで記録する気になれなかったのは、
ひとえに僕のやる気が出なかったからでした。
それは単に仕事が忙しかったこと以上に、
この所の気候の変化によって体調的・精神的に
参っていたことが大きな理由です。

実際ここ毎年のように、春が近くなってくると
持病の目眩が悪化するし、花粉症はあるし、
気温の変動の大きさ、気圧の変化の大きさに
体がついていけてないのだと思うのですが
とにかく体調がすぐれないことが多く、
天気予報でちょっとでも暖かい予報が出ると
もうそれだけで憂鬱な気分になります。
春は生き物が活動を始める季節だというのに
完全に逆行しているのですが…。

そしてそれに輪をかけて、春という季節には
気持ちをふさぎ込ませる要素があるんです。
それは、この国の制度が春にいろんなことの
大きな区切りを持ってきているせい。
入学式にしろ、入社式にしろ、この季節には
大きな環境の変化が起こりがちで、その記憶が
未だに尾を引いていて、空気が春めいてくると
同時にあの頃の何とも不安でイヤ~な気分が
頭の中に蘇ってきて、しんどくなるのです。

春生まれのくせに、そして本来とてもステキな
季節であるはずなのに、こんなにも春が嫌いな
自分自身が時々ほんとにイヤになるのですが、
もしアメリカのように秋に区切りがあったら、
今度は目下一番好きな季節である「秋」が
嫌いになってしまっていたのでしょうか。
でも不思議と同じく季節が大きく変化する秋は
特に体調の悪化は感じません。

あと、日本の「○○式」のような行事ごとを
やたら仰々しくやる文化が、イヤな気分に
拍車をかけているような気がします。
実際デンマークなどでは、卒業式も入学式も
そんなにちゃんとしたものはなく、子ども達も
「ハイじゃあ明日からいらっしゃい」的な
非常に軽いノリで入学していくと聞きました。
それだったらもっと気楽に、新しい環境に
入って行けたのかもしれない。

ただ「お葬式」などは、あの何言ってるか
わからない長ったらしいお経を聞かされたり、
やたらと多い段取りをこなしていく、
あの時間こそが遺族にとって大切な人を失った
悲しみを乗り越える儀式になっているのだろう
と思うので、きっと必要なのだと思います。
しかし卒業式やら入学式をあれだけ大げさに
形式ばってやるというのは、何となく
「これまでのつらかった思い出を水に流して」
「これからのつらい思いを耐える覚悟をする」
みたいな雰囲気を感じなくもありません。

というかそんな覚悟をしないといけないような
学校生活なり会社生活なりであること自体に
まず大きな問題があるような気もしますが、
単なる季節である春にそんな恨めしい気持ちを
押しつけていることには若干申し訳なくも
思いつつ、その春に心までは殺されないよう
気持ちをしっかり持って乗り切る所存です。

あ、子ども達もこのままいくと
春が嫌いになってしまうのかな…