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シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

パパの育児の方が楽かもしれない理由をもう1つ

思うこと

■パパがママより楽な理由…?
■「いいとこ取り育児」を担う身として

↑これまで、育児をしながらその都度感じた
「男の方が楽に育児ができるんじゃないか?」
ということをいろいろと書いてきましたが、
今回もう1つちょっとした発見が
ありましたので、まとめてみます。

先日、家族揃って近所の大型スーパーに
買い物に行った時のこと。
長女きなこがトイレに行きたいというので、
ヨメに一緒に行ってもらいました。
なおここのトイレは女性用にはおむつ交換台も
子ども用便座も用意されてるのに、
男性用にはそんなものは一切ないんですよね。
なんて書くと「男性の育児の方が大変」という
話になってしまいますが、本題はその後です。

トイレの前にベンチが置いてあったので、
少しみんなで座って休むことにしました。
するときなこが靴を脱ぎたいと言いだし、
座面に立ち上がってジャンプを始めたのです。
僕は全くしょうがないなぁとは思いつつ、
まあ本人はそれが楽しいんだろうし
気が済んだらやめさせようぐらいでしたが、
一方隣のヨメが今すぐにやめさせたいと思って
いることは、その表情から明らかでした。
なぜ2人の間で、子どもの行動に対して
一方は別に大したことじゃないと受け取り、
一方は強いストレスを感じたのか。
突き詰めてみると、そこに男女ならではの
「感じ方の差」があるように思えたのです。

いま父親である人たちはみんな、かつては
「男の子」として育てられてきました。
一方で母親の皆さんは、かつて女の子として。
そしてもちろん全てそうだとは言いませんが、
おそらくこの国のほとんどの家庭において
男の子は「男の子らしい」ことを良しとされ、
多少のやんちゃな行動であっても
「元気があっていい」「男の子だからしょうが
ない」などと言われ、実に多くのことを
「許され」て育ってきたのでしょう。
一方で女の子はそんなことは許されず、
行儀良く、はしたないことをしない、ルールを
きちんと守る「女の子らしい」子どもとして
育てられてきたのだろうと思います。

そしてそんな子どもの頃の経験が
大人になってからも感覚として残っており、
親になってから自分の子どもがしでかす
「自由な行動」に対する反応にも、
差として表れているのではないだろうか。
そんなことを今回の件を通じて思ったのです。
つまり「それをストレスに感じるかどうか」の
しきい値に、男と女で差ができているのでは
ないか?という話です。

ここでいったん、僕自身の考えについて少し
触れておこうと思うのですが、僕は基本的に
この国でよく使われている
「男らしさ」や「女らしさ」といった言葉が
あまり好きではありません。
逆によく引き合いに出す、とても好きな言葉に
「個人差は必ず性差を超える」
というものがあります。
生まれ持った性別によって生じる特徴なんて、
一人一人がもともと持っている個性に比べれば
よほど小さいものなのだということを、
自分自身のことを考える上でも
また今こうして子育てに携わる上でも、
常に忘れずにいようと心がけています。

ただ、実際の社会はそうもいきません。
僕の親は決して「男らしさ」を押し付けて
くるようなタイプではありませんでしたが、
もちろん影響を与えるものは親だけではなく
目に映るいろんなものから
「男とはこうあるべき」
「こうでない男は恥ずかしい」という
メッセージを受け取って成長してきました。
その中で、世間のイメージする「男性」と
自分自身との差に苦しんだこともあったし、
みんなと同じようにできないことに対して
恥ずかしいとも感じて生きてきました。
ようやく大人になって、いろんなことが
分かるようになってきて、別にそれは
恥ずかしいものでも何でもないのだと
理解できるようになっていきましたが、
それでもなお自分の中に刷り込まれた
「男とはこういうもの」という考えが
時々顔を出すことがあり、その度に
若干の自己嫌悪におちいっています。

だから、正直今のこの世の中が良いなんて
ちっとも思ってはいないのです。
はっきり言えば、この社会において
男性はあまりにも未成熟にさせられすぎだし、
一方で女性は大人であることを求められ
すぎていると思っています。
できればどちらか一方に偏ることなく、
また理想を言えば誰もがその人自身の個性を
最大限尊重されて、その人なりのスピードで
成長して行ってもらえるような、そんな道筋を
用意できる社会が一番よいと思います。
だから、冒頭の例のように、こうやって
男女で感覚に差ができてしまうことは、
望ましい状況では決してないのです。

ということをはっきりと言っておいた上で、
ただ果たして4歳くらいの子どもにとっては
何が一番よいのだろうということを考えた時、
少し事情が変わってきます。
まだ性別による「らしさ」はそれほど
本人の中に明確にできあがってはおらず、
かつ社会規範というか、何が良くて
何が悪い行いかもよく分かっていない年齢。
その時期なら、明らかに危険な行動でなければ
なるべく本人のやりたいことを尊重して
やらせてあげたいところです。というより、
まだ「悪いこと」の基準がないが故に
本人の中の「やりたいこと」を制限されると、
ものすごく怒る年頃だったりするわけです。

だからそのフリーダムさをこちらが許容して
付き合ってあげることが必要になるのですが、
もしもそんな子どもの行動に対して
あまりストレスを感じないで済むとしたら、
それは大きなメリットです。
もちろんこの先社会で上手くやっていくために
徐々に社会のルールは身に付けていって
もらわないといけないのですが、その時だって
「特にストレスを受けていない冷静な状態で」
教えることができるというのは、
やはりかなりのメリットだと思います。

そのメリットを持つのがつまり、男性というか
父親なのではないか?ということです。
育てられてきた環境が緩かったが故に、
子どもの行動に対してストレスを感じるまでの
基準も緩いのが、父親の持つ大きなメリット。
もし本当にそうだとすると、それを活かさない
手はありません。
幼児期の子どもの相手は、父親こそが積極的に
買って出て、本人のやりたいことを満たしつつ
冷静に社会のルールを教える役を担う。
そしてそうすることで、同じことをするにも
母親の方がより強く感じてしまうストレスを、
負わないで済むようにしてあげられるなら。
それは素晴らしいことではないかと思います。
ある意味で現状の社会の歪みを逆手に取って、
「父親だからこそ上手くできること」として
取り組んでみてはどうでしょうか。
そんなことを今パパをやっている皆さんも、
これからパパになる皆さんにも、ちょっと
考えてみてもらえたらと思うのでした。

そして最後に。
夫のみなさんには、奥さんが「そんなことで」
ストレスを感じるのだということを、
ぜひ理解してほしいと思います。
男性ならなんてことないように思うことも、
女というだけで背負わされているものが
たくさんあるが故に重荷になってしまうのが、
この国における女性です。そしてそれは、
もちろん本人には何の責任もないことです。
あえて言うなら、女性というだけでそのように
枠にはめて育ててきた上の世代のせいであり、
女性にそういう役割を押しつける社会のせい。

僕自身、見えていないことはまだまだ山ほど
あると思います。今回のことにしても
ちょっと考えればわかることなのに、実際に
その場に立ってみないと気づけませんでした。
これからも、自分達は「許され」てきたのだ
ということ自覚しつつ、引き続き子育てにも
取り組んでいく次第です。