シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

「なぜ自分は育児をするのか」 をあえて考えてみる

このブログの検索ワードを見てみると、
圧倒的に多いのが「産後」のことです。
実際、例の産後クライシス記事以来
幾度となく触れてきた話題なので
そりゃそうかなぁという気もするのですが、
そこに続く第二検索語も見てみると
「産後 旦那がストレス」
「産後 夫 理解してくれない」
「産後 夫 育児しない」
といった具合なので、やはり産後の夫に対する
不満を持った方が多く見に来ているようです。

せっかく見に来て頂いたのだから…と思いつつ
最近は2歳児のイヤイヤへの対応で
正直いっぱいいっぱいなのと、
産後クライシス周りのことに関しては
以前に対策として書いたとおり
「事前にきちんと知識を身につけること」と
「夫婦でコミュニケーションをとること」で
ほぼ言いきってしまっている感じなので、
それ以上特に新しく書くことも
見つけられなかったりします。

でもそんなふうに「喉元すぎれば」とばかりに
当事者じゃなくなった途端に
無関心になるのもやはり気が引けるので、
ここは一つ原点に立ち返る意味も込めて
「そもそも自分は何で育児をするんだろう?」
ということを考えてみようと思います。
自分自身と向き合ういい機会にもなりますし、
「夫」のはしくれとして考え方をさらすことで
事例の1つくらいに捉えてもらえるならば、
書いてみる意義も少しはあるかもしれません。

とはいえ、実は「何で育児をするのか」なんて
わざわざ考えたことなど一度もありません。
案外多くの親の皆さんもそうなんじゃないかと
思っているんですが、いちいちそんなことで
悩む暇もないというか、あえて出したとしても
「そこに子どもがいるから」くらいの理由しか
思いつかない、というのが本音です。
ただ流石にそれでは話が終わってしまうので、
何とかもうちょっとひねくってみます。


■少なくとも「かっこいいから」ではない

巷で見かける「イク○ン」という言葉。
どうやら「育児する男はかっこいい」という
イメージを打ち出して男性の育児参加を
促す向きがあるようですが、
「かっこいい」という要素が育児に取り組む
理由になることは特にありません。
逆に「じゃあカッコ悪ければやらないの?」と
考えてみれば明確ですが、そんなのは
判断材料で何でもなく、どのみちやるのです。

「チヤホヤされたいんじゃないのか?」
という話で言うと、ブログやTwitterなどで
何かを発信することは確かにチヤホヤされたい
というか、周りからの「承認されたい」欲求が
かなりのモチベーションになっています。
ただそれはあくまで記事という「文章表現」を
一種自分の「作品」と考えているからで、
作品をほめられることが嬉しいというだけ。
子ども自身はもちろん自分の作品ではないし、
何か結果を求めて取り組んでいるものでも
ない訳だから、そっちのことと子育てをするか
どうか、ということとは全く別の話です。


■メリットや条件は判断材料ではない

よく聞くのが「育児はこんなメリットがある」
という話。自分でも時々言ったりします。
例えば「成長を目の前で見ていられる」とか、
「多様な状況判断能力が身につく」とか。
シンプルなところでは「とにかくかわいい」
「喜びを感じられる」とかも。
きっと全てその通りなのでしょうし、
そう思えるのはとてもいいことだと思います。
でも正直な話、自分自身がそういうメリットを
わざわざ並べ立てて、総合的にはプラスだから
育児をやろう!などと考えたことはないです。
メリットゼロでこんなつらいことやるのか?と
問われたらどうなるかはわかりませんが、
幸い今までそんな判断を迫られたことはないし
少なくとも「やろうかな、やめようかな」
なんて悩むようなものではありませんでした。
最初からごく自然に「自分が取り組むもの」と
認識していたように思います。

同じく「共働きだったら当然やるでしょ!」
「こんな時代なんだから、男もやらなきゃ!」
みたいな意見もよく見かけるんですが、
そこも果たして条件付きなものなのか?という
疑問が湧くのです。
「こうだったらやるべき」というのは、逆に
「こうだったらやらなくていい」というものも
作りだしてしまう考え方なので、
それは少し違う気がします。
家庭環境がどうあろうと、時代がどうあろうと
まず「やる」ことが前提にあって、
もしやむを得ない理由があれば
やれない場合もある、くらいのものが
自分にとっての子育ての位置づけです。


■自己犠牲なのか?

家庭という場があって、妻と子どもがいて、
その中でただ役割を果たしているだけなのか
どうかということに関しては、少し考えます。
お金が必要だから仕事もするし、
人手が足りないから家事も育児もするし、
パートナーだから妻の心のサポートもする。
そこまで家庭のために、他の人も自分を犠牲に
できるものなのだろうか?という点です。

自分は元々の性格として自己評価がとても低く
また過剰に周りに気を遣ってしまうために
つい自分よりも他人を優先しがちで、
さらに「自分さえ我慢すれば」と考えるあまり
結果的に負担の抱え込みすぎで己の方が
先に潰れてしまい、かえって家族に迷惑を
かけてしまうこともよくある人間です。
その点は今後も気をつけるとして、
さて果たして「他人のため」だけで人は
生きていけるのか?を突き詰めると、
実際は決して他人のためにやっているばかり
ではない、ということに気づきます。

要するに、「誰かのために何かすることの
気持ちよさを知っている」というだけで、
結局は自分のためなのです。
それは相手からの感謝だったり、
笑顔が増えることだったり、それによって
家庭という空間が心地よくなることだったり。
いろんな要素がありますが、要はそれが
自分にとってとても魅力的なものだという
だけなのだと思います。だから、
「楽しいからやってる」
「やりたくてやってる」
というのは決してウソでもヤセ我慢でもなく、
本当の気持ちです。


■「男らしさ」に興味がない

自分でもどうしてこういう価値観になったかは
あまりよくわかっていませんが、
思い当たるのはまず親。
「うちは貧乏だから」と口癖のように言われて
「ヨソはヨソ、ウチはウチ」を地で行くような
家庭で育てられた影響なのか、
「普通」というよくわからない概念に
縛られずに済んでいるような所があります。
子どもの頃は周りと同じにできないことが
強烈なコンプレックスになっていましたが、
年とともにそれが逆転して行っているようで
今ではむしろ心地よさを感じています。
特に親は「男らしさ」を押し付けるような
ことを言うタイプでもなかったし、
成人してからの自分の生き方に何か指図を
してくるようなこともありませんでした。

おかげで自分自身の趣味趣向もあって
どんどん男性・女性の区別のないところへ
突き進んでいく人間になっていきました。
その延長線上に育児はあったので、
よく「男には居心地の悪い場所」とされる
「赤ちゃん休憩室」も「生理用品売場」も
一切抵抗を感じずに行けるし、
周りが受け入れてくれるかどうかは別として
女性ばかりの場に入っていくことも、
母親向けデザインしかない育児用品を使ったり
することも、特に抵抗感なくできるのです。
特に子育てに関することで言えば
目的はあくまで子どもを育てることなので、
自分がターゲットから外れていようが
多少環境が整備されていなかろうが、
「だって、仕事だから」としか思いません。

そこは「男らしさ」の価値観に縛られている
人にとってはつらいことかもしれませんが、
少なくともきちんと目的意識を持って
取り組める人であれば、どちらの方を
優先すべきかは明確ではないかと思います。


長々と、自己分析的なことを書いてきました。
結局は性別だとか、性的役割分担だとか、
環境だとか特性だとか、そういったものが
何一つ関係ない所にあるのが子育てというか、
もっと人の営みの基本になるものというか
(これを「家事」に置き換えても同じですが)
「やらなきゃいけないことだからやる」
というのが一番しっくり来る感覚です。

人間はいろんなものに理由が必要だったり
「こっちの方が合理的」みたいなことを
突き詰めていくものなのかもしれませんが、
ぶっちゃけ「面倒くさいこと言ってないで
とにかくやれ」と言いたい気持ちなので、
あーだこーだ言い訳ばかりして
家事育児から逃げようとする夫の方には
最終的にはその一言でいいような気もします。

もちろん自分がモデルケースだなんてことを
言うつもりはこれっぽっちもないし、
そもそもヨメだって本当は産後から今日まで
ストレスをたっぷり抱えていて、広い心で
黙っていてくれているだけかもしれないし、
(実際今も懸念に思っていることがあるので
今度聞いてみるつもり)
自分の独りよがりっぷりを思い知る日が
いつかくるかもしれないと思いつつ、
毎日試行錯誤を続けているわけです。

そういうことを日常的にやっている、
世に沢山いるであろう「夫」のみなさんの
1つのサンプルとして、今の時点での
考え方をまとめてみたという話でした。


もともと価値観の違う他人だった者同士が
一緒に生活していく以上は、面倒なことも
たくさん乗り越えていかなきゃいけないし、
衝突もあれば誤解もあって当然だと思います。
そんな所へまたとんでもないストレスのかかる
「子育て」というものが入ってくる訳だから、
やっぱり危機は危機なのだと思います。

そのことをこれから子どもを持つ夫婦は勿論
他の家族も、周りの人も、社会も、みんなが
ちゃんと認識してあげて、どうにかその2人が
破滅にだけは突き進まないで済むように、
サポートして行けたらいいのかなと思います。