シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

改めて、親の役割分担について

昨日は、一つ反省することがありました。
この週末はきなこの散歩に何度も付き合って、
家に帰っても本人の中で探検は続行中らしく
部屋のいろんなものを散らかしまくるので、
やれやれと思いながら後ろでそれを受け止めて
要するに「やりたいようにやらせている」
つもりでいました。
でも、何となくあんまり楽しそうじゃない。
面白くて夢中になっているというよりは、
まるでストレスを発散しているかのような…。

そこでハタと気づいたのですが、
本人は別に「好き勝手やりたい」というわけ
ではなく、単純に「構ってほしい」と
思ってたんじゃなかろうか。
実際その後、寝室に連れて行って
じゃれてあげた時の喜びようを見ても、
やっぱり一緒に遊んでほしかったのかな?
という感じはすごく受けました。
だって後ろで好きにさせてるだけなんて、
本人にしてみたら一人遊びをしてるのと
何にも変わらないですもんね。
ある意味ただ「見てるだけ」でもあるわけで、
これはちょっと手抜きしちゃってたな…と
思わされる出来事でした。


ムスメのきなこが、僕を「遊び相手」として
見ているらしい、ということは
以前から何となく感じていましたが、
最近それが強くなっている気がします。
本人が遊びたい気分の時に選ぶのが、僕。
逆に安心したい時、甘えたい時に必要なのは
完全にヨメの方です。
この週末も、散歩から帰ってきた時や
夜泣きで眠れなくなってしまった時、
明らかに僕ではなくて”ヨメの存在”を
求めているのがわかるシーン、というのが
何度かありました。

きっと本人が気分に応じて、求める相手を
使い分けているのでしょう。
僕ら自身がどう思うかというのとは別の所で、
きなこの側から見た「親としての役割分担」が
それぞれに存在していることは
どうやら間違いなさそうです。

元々、固定化された「父親像」みたいなものは
遠い概念というか、何となくそんな感じには
なれそうにないな、と思っていました。
おおよそ一般的な男性とは感覚的に
かけ離れているし、そもそもまともな男なのか
どうかすらも若干不安な僕にとって、
「父親的役割」なんてものは別に無理して
演じなくてもいいし、まあヨメとは
いろいろ違う部分もあるわけだから
子どもから見たら「2人の別々の人格」が
関わっているだけでもう十分だろう、
という程度に考えていたのです。

しかしフタを開けてみると、意外なほどに
それぞれの役割分担はありました。
例えば散歩ひとつ取っても、ヨメにとっては
きなこの行動の予測できなさがストレスで、
むしろ子育て支援センターのような
「安心の確保された場所にいながら
他の子達と関わってもらうこと」の方が
良いと思っているのに対して、
僕はその予測不能な感じが案外楽しくて、
きなこの目線で近所をあちこち歩いていると
トカゲに遭遇できたり、いろいろ発見があって
いいなぁなんて思っていたりするわけです。

そういう感覚の違いが、果たして本当に
「母親的役割」「父親的役割」に結びつくもの
なのかどうかはよくわかっていませんが、
まあ実際よく言われる
「母親は安心感を、父親は冒険心を」
みたいな表現にピッタリくることは
他にもいろいろ思い当たる節があるので、
言われてみればそうかも…と感じることは
育児をやり始めてから確実に増えています。

そして少なくとも子どもの方から見た時に
僕らがそういう存在として映っていて、
それぞれがそれぞれに違った役割を
求められているのだとすれば、
それを拒否する理由はどこにもありません。

その辞令、喜んでお受け致しましょう!
ということで、これからも求められる役割を
果たしていきたいと思う所存です。