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シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

産院で受けたイヤな思いを語る

去年のきなこ誕生から1年あまり。
また同じ季節が巡ってきたせいなのか
出産時の産院の、病棟で感じていた「臭い」が
最近よく鮮明な記憶として蘇ってきます。
臭いの記憶って、本当に強いですよね。

でもその記憶は実は、決して「いい思い出」という
わけではなく、どちらかというとつらかったり
「何だか嫌だな」というような感情と一緒になって
頭の中に沸いてくることがとても多いのです。

そして僕以上にヨメは、入院から退院までの間に
出産そのもの以外にも相当つらい経験を
いくつもしてきたようで、
一週間後に無事退院して自宅へ帰ってきた時には
おそらく嬉しかったのと安心したのとで、
涙まで流していたのが強く印象に残っています。

これまでその「産院でのつらい体験」というものを
この場に書く機会はほとんどありませんでしたが、
まだ記憶が薄れてしまう前にきちんと残しておこうと
突然思い立って、長いですがまとめてみました。

<その1:妊娠中>
■初めて行った検診で、完全に存在を無視された
前にも書きましたが、これは実に見事に
出鼻をくじかれる出来事でした。
もちろん妊娠はヨメの体に起こることではあるし
ここは産婦人科だということは分かっていたけれど、
僕は完全に二人のこととして受け止めていたし
いわゆる「おめでとうございます!」みたいな感じも
ちょっとは期待して受診に同行していました。
でも実際その先生(産科部長)の目の前にいたのは
1人の女性患者。以上。
僕は「荷物持ち」にすらなれなかったのでした…。
そりゃ確かにまだ胎芽も確認できない時期で、
ちょっと前のめりすぎたのは事実でしょうけど、
だからって「話はそれだけ。はよ帰れ」と
言わんばかりのその態度は何なんですか…
というグチを、同じくガッカリしていたはずのヨメに
病院を出たあとで吐いてしまって、
本当に申し訳ないことをしました。

■指定した女医さんが何だかいつも不機嫌だった
⇒一発目の相手にそんな思いをさせられたので、
ヨメも「女の先生の方がいいのかな」と
次の検診の時から担当医を指定してみたら
これまた何だか感じ悪い先生で、なぜかいつも
半ギレで接してくる人でした。最初のうちはヨメも
「あんまりコロコロ変えるのもねぇ…」と
しばらく我慢して来ましたが、念のため聞いただけの
こちらの質問に「何でそんなこと聞くんだゴルァ」
みたいな反応をされたので、いよいよ限界が来て
再度別の先生に替えました。(3人目は無害だった)

<その2:出産時>
■当日の担当医がテキトーだった
⇒出産は2日間に渡ったのですが、1日目の夕方
破水をしながらも時間切れで誘発剤投与は終了、
でもすごく痛がるヨメに対し説明は特になしでした。
スタッフさんが無言で器具を片付けはじめる中、
ようやくひょこっと顔を出した当日の担当医に対し
「破水しちゃったんですけど明日の朝まで何か
気をつけないといけないことは…?」と聞いても
ニヤニヤしながら「大丈夫だから」と言うばかり。
別に大した事ではないならないで、そう言って
くれればいいのに…こっちは初心者なんだから…
と思ったけど、結局何も言えませんでした。

■研修医の実習に使われた
⇒誘発中、定期的に医師が子宮口の開き具合を
見に来るんですが、何度か研修医らしき若いのを
連れて来てはダブルチェックをやらせていました。
おまけにその場で何やら指導を始める始末。
このチェック、明らかに手で子宮口を広げようと
グリッとやられるらしく、それが研修医と合わせて
2人分ともなればもう痛くてたまらないと、
ヨメも大層不満のようでした。

■分娩が重なって人手不足
⇒この病院の分娩室には分娩台が4つあるんですが、
(ざっと見た感じ。ほんとはもっとあったかも)
直前まで静かだった分娩室がどういう訳か、
ヨメが陣痛室から移った頃には満席状態に。
おかげで助産師さん達も人手が足りないらしく
担当してくれる人がコロコロ入れ替わる。
その度にヨメは同じ質問をされ、陣痛で苦しいのに
よけいな手間ばかりかけさせられていて、
見ていてとてもかわいそうでした。
ちなみに、うちの子が一番最後まで粘ったので
最終的には他が済んだ助産師さんやらお医者さんやら
計4人が集まっての大仕事になったのですが…。

<その3:入院中>
■ヨメが憔悴しきった
⇒出産後立てないくらいに疲弊したヨメは、それでも
一晩寝ただけでもう翌日からは夜通し3時間おきに
授乳室に呼ばれて、ベッドに戻るという生活リズム。
さらに昼間は昼間で、授乳の合間を縫うようにして
沐浴指導やらいろんなプログラムが目白押しです。
加えて運の悪いことに、あてがわれたベッドは
授乳室から一番遠い病室の一番奥だったので
行き帰りだけでも結構な苦労だったそうです。
いよいよつらさが限界になった入院何日目かに、
一晩だけミルクに頼ってしっかり寝たそうですが、
病院側からもっと早く「今日はミルクにしますか?」
と声をかけてもらうことは出来なかったのか。
そして僕自身に何か出来ることはなかったのかと、
今さらになって悔やまれます。

<その4:一ヶ月健診>
■小児科医がマニュアル男だった
⇒一ヶ月健診は出産した病院に行くもの。
その病院は小児科もあるので、当然そちらも受診。
担当した小児科医(30代くらいの男性)は開口一番、
「体重が足りてませんね!ミルク足してください!」
この一ヶ月間、順調にすくすく育っているとばかり
思っていた我々は、軽くショックを受けました。
思わず「でも本人すごく活発なんですけど…」と
反論した所、「いやでもほらやっぱり足りてない!」
と、成長曲線に定規を当てて計って見せる小児科医。
いや、別にあなたと口論で勝ちたいとかそういう訳
ではないんですよ…。ただ僕らだってこの一ヶ月
一生懸命育ててきたし、そこまで「ダメ」の烙印
押されるほど悪いことですか…?
その日は僕ら二人、げんなりして帰ったのは
言うまでもありません。


さて、ここまで一気に書いてきましたが、もちろん
この病院が特別に悪いわけではないと思っています。
むしろ評判の良い病院だし、設備もしっかりしてるし
技術もきっと確かです。そして今書いてきたことの
全てが、「しょうがないことじゃん」と思われても
仕方ないレベルのことなのでしょう。

出産という一大事を、母子の体に何の支障もなく
無事にサポートしてもらえたのだから、文句なんか
言うようなことではないのかもしれません。
実際僕自身もこれまでそう思ってきましたし、
やっと生まれてきたきなこを初めて抱っこできた時は
助産師さん達に本当に感謝の気持ちで一杯でした。
でもやっぱり「イヤな思いをした」というのもまた
紛れもない事実で、これは良いことで相殺されるとか
そういうものではないような気も一方でするのです。
ここまで書いてきたつらかった体験は全て、
本当に「しょうがない」ことだったのでしょうか?
別に味わわなくて済むのなら、それでもよいこと
だったんではないのでしょうか?

こんなに悪口ばかりの記事を書くというのも
正直あまり気分のいいものではないし、
また今回、当時のことをいろいろ聞かせてもらった
ヨメにとっても、思い出すのもイヤな記憶を
無理矢理呼び起こすという、
つらい作業をさせてしまったかもしれません。
でも書きかけの状態で一度読んでもらった時に、
僕のことを「うらやましい」と言っていました。
出産当日、ヨメは完全に「まともでない状態」に
あったわけです。一方で僕はと言えば、おおむね
「素」の状態で一部始終(ではないけど大半)を
目の当たりにすることができました。それが
ヨメにはうらやましいことだったそうなのです。

ということを考えると、やはりこうやって
僕が記録係となって当時のことを残しておくことは
きっと何か意味があることのように思えます。
初めての出産が「決していいことばかりでなかった」
と、きちんと自分達の中で自覚しておくこと。
それがこんなやたら長い記事を書いた目的のような、
自分なりの使命感のように思えたので、
今回ヨメの許可を得て公開させていただきました。
終わります。