シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

お母さんを守りたい

Twitterなんかを読んでいると、
同じような月齢の子を育てているお母さんたちの
子育てに対するつらさや悩みが、痛いほどに
伝わってきます。
そしてわが家でもヨメが、
永遠と続く赤ちゃんのお世話にすっかり疲れて
弱ってきているのをひしひしと感じます。
この間、無理は禁物というようなことを
書きましたが、そんなヨメを支える心の余裕を
持っておくためにも、余力を残すことの大切さを
つくづく感じているところです。

ところで、つらいことや苦しいことを
「それが当たり前」というように捉える考え方が
世の中、特に日本人の中にはありますね。
「仕事でつらいことがあるのは当たり前」
「人生、苦しいのが当たり前」
そして「子育てはしんどいのが当たり前」
というような考え方です。

僕自身も以前、
そんなような考え方をしていたことがありました。
「つらいのが当たり前」と考え、基準を下げることで
逆にちょっとでも良いことがあった時に
すごく良いことのように感じられるのではないか、
という発想からです。加えて、
初めからつらいものだと思っておくことで
本当につらいことがあった時に
落差の大きさに苦しまなくて済むように、
というような意味もあったような気がします。
おかげでずいぶんと「我慢」することに
強くなったような気がするし、ある意味それは
日本人にとっての「美徳」ととられるような風潮も
あるんじゃないかとは思います。

でもここ最近は、やっぱりそれは違うかなと
考えるようになりました。
その一番の理由は、その発想でいくと
結局いつまでたっても状況が改善されないからです。
「つらいのが当たり前」という考え方はつまり
「諦めて受け入れる」ということになりますから、
下手したらずっとそのままです。
ずっとというのは、次の世代へも続いて行ってしまう
ということです。
それはやっぱりマズいので、少なくとも次の世代が
この先もしかしたら良くなるかも…という
可能性をちょっとでも感じられるくらいには、
「つらいのは当たり前じゃないし、良くできる」
という意識を自分自身でも持っていた方が
いいだろうなと考えています。

そしてもう一つ大事なことは、そういう考え方は
周りから強要されるものでは決してない、
ということです。
あくまでその人個人の考え方の一つですから、
自分自身が納得して我慢するのならまだしも
他人が「それが当たり前だから我慢しろ」なんて
言えるわけないんじゃなかろうかと思うのです。
なのに、こと子育てに関しては
そういうことを平気で言ってくる他人が
やたらと多いような気がしてなりません。

もう下手したら、「つらい」と口にすることすら
はばかられるほどに、
そのおかしな考え方を持った人たちは
子育てに我慢を強要してきます。
そして残念なことに、その攻撃の矛先は主に
現時点ですでにヘトヘトになっている
お母さん達に向けられてしまってます。

何でそういうことになってしまうのかについては
多分いろんな理由があるんだろうと思いますが、
とにかくそれで余計につらい思いをさせられている
お母さん達の声を聞くにつけ、僕自身に
何かできることはないんだろうかと
悩まずにはいられない今日この頃です。

とりあえずそんなことより、今すぐできることは
ヨメに代わって赤ちゃんの寝かしつけをすることだ!
ということで、今日のところはこの辺で。