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シーホースとナッツ

父親目線で、長女「きなこ」と次女「あんこ」の子育ての記録や思ったことなどを書いていきます。

ニュースに対して

思うこと

今日のニュースで、ネグレクトの事件に関する
検察側の求刑のとても厳しい言葉を目にして
非常にイヤな気分になったのですが、
さらにそのニュースに対するネット上の反応
(ほとんどが母親のことを責める内容)を見て、
「これは困ったことだなぁ…」とさらに深刻な
気持ちになりました。

もちろん起こった事件はとても悲しいことだし、
母親の行動を肯定しようというのでもありません。
でも、ただこの母親個人を糾弾するような風潮に
社会がなってしまっているのだとしたら、
とてもまずい事態のように感じます。
それこそ今まさに子育てをしている、世の親達が
本音を口にする機会を奪ってしまうのではないか…
と思うからです。

考えないといけないのは、親がネグレクトの状態に
なった時に、子どもを救えなかった社会の問題です。
どうしてその時、子どもを助けられなかったのか。
もっと早く周りの人達の手が差し伸べられていれば、
事件は起きずにすんだのではないか。
そのことを考えずに親個人の行動だけを論じても
何も解決しないし、社会はちっとも良い方向に
行かないどころか、逆にますます住みにくく
なって行ってしまうような気がしています。
そもそも、犠牲になった子ども達が望んでいるのは
本当に母親の断罪なのでしょうか?

子育ては、つらいことです。
家族や社会の助けがなければ
自分だってポキッといっちゃうんじゃないかな、と
普通に思えるくらいに、楽しさと同じくらいの
つらさがそこには存在しているのです。
まして、もしたった一人で全ての責任を
負わなければならない状況になったとしたら、
どんな人間でも弱い心が生まれてしまうのは当然だ、
と思っておいた方がいいくらいのものだと思います。
なのに、その「つらい」という気持ちを
当事者である母親自身が吐き出すことすらも、
「母親だったらちゃんとやって当然」というような
社会全体の風潮のせいで
できなくなってしまっているのだとしたら。
このままでは母親の苦悩はいつまでたっても
当事者でない人たちには理解されないし、
周りからの救いの手もなかなか届くようには
ならないのではないでしょうか。
ヨーロッパなどで普通のこととして見受けられる
「子どもは社会の宝なのだから
 母親だけに育児を押し付けず
 社会全体で子どもを育てていきましょう」
なんていう価値観が日本人の中に浸透することなど、
到底なさそうに思えます。

パパスイッチのコラムで”マザハラ”という言葉が
紹介されていましたが、まさに今回のことも
それと同じことが起きているように感じるのです。
もちろん、社会の風潮がその当事者の
気持ちすらも縛り付けてしまうケースは
あちこちで起きていることなんだろうとは思います。
そして、当事者でない立場の人が
相手の心情を想像することの難しさもわかります。
だから僕が世の母親の気持ちを代弁することなど
できませんし、もちろん事件の当事者の心情も
はかり知ることは不可能です。
それでも、同じ子育ての現場に直面している
身としては、少しでもいいから声をあげていきたい。
そんな気持ちで今回はあえて書かせてもらいました。
どうか、毎日頑張ってるお母さん達に、
もっと優しい眼差しを!